ネバーランドはACの夢の国

ディズニーアニメ版のピーター・パンしか知らなかった私にとって、原作のピーター・パンはとても衝撃的だった。二つの作品の違いは様々だが、特に原作で印象的だったのが「おかあさん」の存在である。下記は、ウェンディーが「おかあさん」がどういう存在であるのかを説明するセリフだ。

「『もしあんたたちが、どんなに母性愛が偉大なものか知っていれば、何も心配することはないでしょう。』ウェンディーは、得意になって、話しています。（中略）『この話の女主人公は、おかあさんが、いつ、子どもたちがとんで帰ってきてもいいように、窓を開けっぱなしにしているだろうということを知っているので、子どもたちは、何年間も家をあけて、とてもたのしい思いをしました。』」

ここからも分かるように、ウェンディー（ジョン、マイケル）にとってのおかあさんとは自分を無条件に受け入れてくれる存在である。正しい母性愛だ。

正しい母性愛の信者であるウェンディーの話を聞いたネバーランドの迷い子たちは母性愛を信仰するようになる。しかし、ピーター・パンだけは「ウェンディー、きみはおかあさんってものを勘ちがいしている」と言い、母性愛を否定した。

「むかしは、ぼくも、きみたちのように、おかあさんがぼくのために、いつも窓を開いて待っていてくれると思っていた。だから、ぼくは何ヵ月も何ヵ月も、家をはなれて、くらしていたんだ。でも、とんで帰ってみると、なんと、窓は閉まっている。おかあさんはすっかり、ぼくのことを忘れてしまったんだ。そして、ぼくのベッドには、べつの小さい男の子が眠っているじゃないか。」

信仰していた母性愛に裏切られたピーターはおかあさんをくだらないと考えるようになってしまう。両親に無条件で受け入れられるという経験がないピーターにとって、大人は信用出来ない存在なのだ。だから彼は、大人になることを拒否している。ピーター・パンは子供でいる方が楽しいから大人になることを拒否しているのだと思っていたが、正しい愛情を受けられなかったことが大きな原因の一つではないだろうか。

アニメと違い、原作のピーター・パンは躊躇いなく人を殺すし、ティンカー・ベルが死んだことをすぐに忘れてしまう。ある意味素直で残酷なキャラクターだったが、アニメと原作で一番大きなギャップを感じたのはフック船長である。原作のフック船長は確かにピーターを殺そうしているが、本当はめちゃくちゃ真面目で可愛いキャラクターなのである。特に、彼が「正しい行儀の良さ」を追求し、スミーこそが真に行儀のよい人間なのでは、と悩む描写などは、読者全員がフック船長にメロメロになったはずだ。少なくとも私はメロメロになった。

フック船長がピーター・パンに執着しているのは、彼のなまけものなところが許せないからという描写がある。フック船長は幼い頃から厳しい躾を受け、大人になり海賊になった今でも行儀が良いことが正しいことだと思っている。だからこそ、自由気ままに生きているにも関わらず、多くの人を魅了しているピーターの存在はフック船長のコンプレックスを刺激していたのではないか。多分そうだ。気持ちはよくわかる。

「ピーター・パン」はとにかく「母性愛」をテーマに書かれた作品である。迷い子たちだけではなく、海賊までも「おかあさん」を求めている様子から、「おかあさん」が人々にとってとても大切な存在であることが分かる。また、ウェンディーのような女の子には潜在的に母性が備わっているものとして描かれている様子などから、「女は良い母親になり子供を育てるべきだ」という教訓のようなものを感じる。時代ですね。

ピーターのように親に無条件に愛されなかった子供が現実にうようよいる。人は与えられたものしか他人に与えることはできない。両親からの無条件の愛や肯定を受けられなかった子供は、永遠に他人を愛することが出来ないだろう。こういう子供のことをアダルトチルドレン（以下AC）と呼ぶが、ピーター・パンはACであり、そして、大人になれば確実に生き辛さを抱えてしまうACたちの希望なのだ。大人にならなければ、成長しなければ、歪んでいることには気が付かないのだから。

ピーター・パンが様々な女性に愛されているのは、彼の純粋な子供らしさからだと考えていたが、ピーターに接した女性は（鳥も含めて）彼の母親が与えられなかった愛を与えてあげたいと無意識に思ってしまうからかもしれない。私個人の意見だが、ピーターは永遠に純粋な子供のまま、ネバーランドで楽しく暮らしていてほしい。

それから、天国のフック船長にも幸せになってもらいたい。フック船長は大人になってしまったACだ。大人になることから逃げ切れられなかった。せめて天国では、何にも縛られず幸せになってほしい。私はフック船長が大好きだよ。

間違えて書いてしまったレポートなんですが、せっかくなので投稿しました。